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近畿圏の過去の地震

ちょっと気になっていたので、「近畿 断層」で過去の近畿圏の地震を調べてみた。

http://www.nakamura-architect.net/jisin-map.htm

によると、以下の地図が大変参考になる。

[地図の見方] 赤紫の楕円主要な震源域で、なかでも濃赤は要注意断層帯で警戒が必要です。

[地震デ-タの見方]

  上段/地震名
 下段/左から年月日、被害程度(下記)、津波(Tは被害有り、tは計測器に記録あるも被害なし)
       、M(マグニチュ-ド)、死者・不明者数 を示す。

[被害程度]
    ①微小被害 ②小被害 ③複数の死者(または全壊家屋) ④死者20人以上(全壊1000戸以上)
  ⑤死者200人以上(全壊1万戸以上) ⑥2000人以上(10万戸以上)
  ⑦死者2万人以上 (全壊100万戸以上)

jisin-map02.jpg
jisin-map01.jpg


どうやら我が家は大丈夫だが、実家の近くを山崎断層が、三木市から山崎町まで走っているようだ。

一部の地震名称の中に、大文字のTの文字が入ったものは、津波があり、被害者被害があったというものらしいので、沿岸の方は、過去の言い伝えや地域の記録を調べておいたほうがいいだろう。

同じ記事を、もう一つのブログにも載せておこう。

今回調べた理由は、以下の記事が原因だ。


「島の言い伝え、命救った」=1142年前の大津波―石碑建て継承・宮城時事通信 4月23日(土)5時31分配信

 両岸から大津波が押し寄せ、島の中央でぶつかった―。日本三景「松島」の東端にある宮城県東松島市の宮戸島。平安時代の869年(貞観11年)に東北地方太平洋岸で起きた大地震「貞観地震」をめぐり、島民の間にはこんな言い伝えが残されている。
 ぶつかったとされる場所(標高約10メートル)には石碑が建っており、そこより下は危険とされていた。東日本大震災で約1000人の島民は石碑より高台にある市立宮戸小学校などに一斉に避難。津波は浜辺の集落の大半をのみこんだが、石碑の手前でとどまり、犠牲者は数人にとどまった。「先人の言い伝えが命を救った」。近くに住む観音寺住職の渡辺照悟さん(80)はしみじみと語った。
 複数の島民によると、貞観地震では津波で多くの人が命を落としたとみられ、言い伝えは島民の間に浸透。大きな地震が起きると高台に逃げる習慣が身に付いていた。周辺の地名は「二ツ橋」とされており、「二つの津波がぶつかる姿を橋に見立てたのでは」と指摘する声もある。
 今回の津波で多くの犠牲者を出した近くの同市野蒜でも似たような話があった。カキ養殖業高橋勲さん(68)は1960年のチリ地震の際、潮が大きく引いた浜でピチピチと跳ねる魚を発見。手ですくおうとしていたところ、1896年の明治三陸地震の津波を知る長老が「大津波の前兆だ。早く逃げろ」と叫び、助かった。
 高橋さんは「海辺の言い伝えを知っていた漁師は今回も助かった」と振り返る。渡辺さんは「経験を後世に残すため、『平成の石碑』を並べて建てようか」と話した。 

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かんち@加美

Author:かんち@加美
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平成28年4月より、ブルーベリー観光農園の開園準備開始です。
7月中旬にプチ開園、本格的には、来年7月中旬開園です。
天体観測室は今年中に改修予定です。

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